下関の史跡を世界遺産に
平成20年9月26日、文化庁は、下関市を含む九州・山口6県11市で共同提案していた「九州・山口の近代化産業遺産群−非西洋世界における近代化の先駆け」について、世界遺産国内暫定一覧表に記載することが適当であると判断しました。それを受けて、下関市の「前田砲台跡」(前田一丁目)が、「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産の1つとして、正式な世界遺産の候補となりました。また、平成20年12月15日には、外務省において開催された世界遺産条約関係省庁連絡会議において、我が国の世界遺産暫定一覧表への追加記載が了承され、平成21年1月5日にはユネスコのホームページに掲載されました。
※平成21年10月22日、「九州・山口の近代化産業遺産群」専門家委員会が提言書をまとめ、下関市からは前田砲台跡と六連島灯台が構成資産として選定され、提言書に記載されました。提言書には、岩手県釜石市の橋野高炉を含め、7県の28資産が示されました。
前田砲台とは
長州藩が攘夷戦争に備えて構築した下関海峡に面した一連の軍事施設のうち、中心的な役割を担った砲台です。茶臼山山麓の標高16mほどに設置された高台場と標高10mほどに設置された低台場からなり、青銅製の大砲(長州砲)20門が設置されていました。1863年5月の攘夷戦争開始時は低台場のみでしたが、翌6年のフランス軍の報復措置の際に低台場が破壊され、低台場の補修と高台場の急造が行われました。この任に奇兵隊士があたっています。1864年8月の下関四国艦隊砲撃事件では、英・仏・米・蘭の連合国軍と激しい交戦が繰り広げられ、占領された場所です。また、周辺の関連軍事施設も悉く焼き払われ、大砲は全て接収されました。フランス軍により接収された長州砲の1門が、フランスのアンバリット軍事博物館のご厚意により、現在下関市立長府博物館にて展示されています。
(横浜開港資料館所蔵)
なぜ、前田砲台跡が世界遺産なのか
前田砲台跡は、「長州藩において尊皇攘夷から開国を主張する勢力が台頭する契機となった下関四国艦隊砲撃事件の砲台跡」として、顕著な普遍的価値を有しています。「九州・山口の近代化産業遺産群」の中では、積極的な技術導入を示す遺跡群の一つに位置づけられています。
前田砲台跡へのアクセス
・前田交差点より長府方面に約200m
・前田バス停より徒歩4分
※前田砲台跡(低台場)については、土地所有者のご好意により、一部敷地内での見学が可能です。見学に際しては、下記の事項にご注意ください。
◎敷地は、訓練作業施設(私有地)であるため、一部しか立ち入りが認められていません。また、訓練作業実施中は、利用が制限される場合があります。
◎指定箇所以外には、駐車しないでください。
◎見学者は指定の見学順路をお通りください。
◎見学地(説明板付近)の縁辺は、転落の危険性がありますので、足元にご注意ください。
◎関門海峡に面した前田砲台の立地や景観を心地よく見学できるよう、持ち込まれたゴミは必ず各自でお持ち帰りください。
◎万一敷地内で、事故が発生しても、土地所有者は一切責任を負いません。
※高台場は企業社員寮(私有地)であるため、見学は出来ません。



